■哈爾浜に決定!
今年はカレンダーの関係で、秋のゴールデンウィークがあり、行き先を決定するため、飲み屋にメンバーが収集された。しかし、ただの飲み会となってしまった。結局、酒から離れなければ何も決まらないことが判明し、今度は素面で相談することとなった。
どうも相談した時期が遅すぎたようで、飛行機はどこもいっぱい。とりあえず、5ヶ所くらいの候補をたて、すべてキャンセル待ちすることにした。そして、その候補の中に哈爾浜(ハルピン)も入っていた。
哈爾浜に決まったとき、他のメンバーは
「そこ、どこ?」
といった。案を持ってきたわたしもよく知らなかった。
「ここだったら、行く人が少なそうだから、チケット取れるかなぁと思って。」
という理由で持ってきた案なのだが、結局その通りとなった。
調べた結果、哈爾浜はあの「満州」なのである。そして、哈爾浜で有名な観光地といえば。「氷雪祭り」。氷の彫刻がライトアップされて、それはそれは美しいらしい。でも行くのは9月。氷雪祭りはまだ開催されていなかった・・・。
まあ、ハルピンビールがおいしいらしいからいいか・・・。ということで、皆納得した。
■中国南方航空
ここ数年、秋はいつも同じメンバーで旅行してきたが、今回は新メンバー・かわまりが加わった。旅行前、彼女は心配事があると言った。海外旅行には不安がつきものだからなあ?と思ったのだが、
「中国南方航空は機内食が出るのか?」
という何とも気の抜ける心配事だった。心配事というかそれはただの疑問だ!
とりあえず、国際線なので、何らかの機内食は出るだろうという結論に達した。正直、周りに中国南方航空に乗った人がいなかったので、生の声は聞けず、乗ってみてのお楽しみとなった。
当日、哈爾浜まで乗った飛行機はシートが2列+3列の小さな機体で、結構ボロかった。早速飲み物タイムになり、北京で散々飲んだ燕京ビールが配られた。初めて見る青いラベルのものだった。
■燕京ビール

次は食事。機内食というより、お弁当というような感じの食事で、種類は1種類。そして、食事時にビールを頼もうとすると、もう売り切れだった。
中国南方航空ではビールはすぐになくなるので注意!
しかし青ラベルの燕京ビールは妙に甘くて変な味だった。
■東洋の小パリ
私たちはホテルまで送迎付きのオールフリーのツアーで、同じプランの男性二人組のグループと共にホテルへ向かった。現地係員の方に
「ハルピンに若い女性のグループはめずらしいですよ。」
と言われた。戦時中に満州に住んでいた人が昔を振り返るために来る人などが多いとか。しかし、そんなイメージとは想像もつかないほどの風景だった。
何気ないそこら辺の建物がちょっとヨーロッパ風で、道も広く、「東方の小パリ」「東方のモスクワ」と言われているそうだが、その呼び名ほど華やかな感じではなく、何とな〜く寂しげな共産国っぽい雰囲気が漂っており、まだ9月だというのにもう肌寒く、太陽の光も弱い冬の雰囲気であった。


■崑崙大酒店
ホテルは、あの伊藤博文が暗殺された「ハルピン駅」の隣にあった。街の雰囲気やホテルの雰囲気は中国の大都市とは違っていた。
なんというか・・・昭和のにおい。やぼったい感じ。道行く人のファッションも15年くらい昔の日本のようなデザインである。
今回、旅行の為に実家からちょうど15年くらい前に着ていたジャケットを持ってきていた。旅行が終わったら捨てようと思って。しかし日本で袖を通したとき、あまりにも時代遅れなデザインだったので、どうしようか迷ったのだが、ここ哈爾浜で着ると、現地に溶け込んで、ちょうどよかった。
■崑崙大酒店 入口とロビー


■ハルピン駅と駅の線路(上から見たところ−とても広大だ)

■旧ヤマトホテル
早速夕食を食べに街へ。ロシア文化の街、哈爾浜。当然ロシア料理でしょう。哈爾浜で有名なロシア料理店はホテルから遠かったので、近場のロシア料理店へ行った。そのレストランは旧ヤマトホテルの中にあった。
中に一歩入ると、そこは迎賓館のようであった。床には上等な絨毯が敷き詰められ、ロビーでは生のピアノが演奏されていた。ロビーから通路をまっすぐ進み、一番奥の元焼肉の間が現在はレストランとなっている。
■ホテルの内装(左:2階への階段踊場 右:レストランまでの廊下)


レストランの内装も重厚なかんじで、歴史を感じさせるデザインだった。このレストランでは中華かロシア料理かを選ぶことができ、ロシア料理はコース料理のみ3種類あった。私たちは一番安い60元(900円ほど)のコースを注文したが、最後はおなかいっぱいで食べられないほどの量だった。
ロシア料理腹いっぱい=60元という図式がこのまま私たちの脳に刷り込まれた。良くも悪くもすぐに現地の物価に適応してしまう私たち。その後の買物はすべてこの図式が基本となってしまうのであった。
■左:焼肉の間であったことの看板 右:レストラン内部


■60元のロシア料理のコース








■買出し探検隊
食後、秋林公司という老舗デパートへ。ここも建物はヨーロッパ風の趣のあるデザインだった。ここでの目的は紅腸(カルパサというロシア式の腸詰)と白酒ボンボン(ウイスキーボンボンの白酒バージョン)を買うこと。
地下食品売り場へ行くと、すぐに目に入ってきたキャンディー売り場。おお!これが白酒ボンボンかあ!と早速購入してひと口。
・・・(´〜`;)
白酒とチョコレートって合わないな・・・。まあ、安いので話のネタに食べるのはいいけど、ひと口で十分。
ところで、チョコレート選びに夢中になってたら、かわまりがいない。と思ったら、戻ってきた。手にはカルパサが。いつの間にかちゃっかり試食して、ご購入を果たしていたのだ。
というわけで、スーパー(カルフール)でお酒とお土産を購入し、ホテルに帰って、早速カルパサ試食。
美味〜〜〜ヽ( ´ ∇ ` )ノ
お酒のアテに最高〜!ジューシーで、日本でいったら超高級サラミって感じ!これは明日も食べなければ!
■白酒ボンボンとカルパサ

■むりやり乗車
午前中の予定は、松花江(アムール川の支流)を渡った太陽島の北にある「東北虎林園」へ行くことにしていた。そこまではタクシーで行くことにしたが、ひとつネックがあった。それは、私たちは全員で5人だということだ。タクシーに乗るには2台で行かないといけない。
とりあえず、ダメもとで、5人で1台のタクシーに乗り込むことにした。本当にダメだったら出発しないだろう。
そう思っているところに1台のタクシー発見。私の手作りの中国旅行対策用単語帳(単語帳に行き先や言いたいことを予め中国語で書いている)に書いてある「東北虎林公園」を見せると、タクシーの運ちゃんがO.Kサインを見せた。うまく通じたようだ。というわけで、私たちは乗り込んだ。全員で。
運ちゃんの「えっ!」という顔。バタンと閉まるドア。
「5人はダメだよ〜」(←多分)
と運ちゃんは言ったが、K美さんの一言
「行って!」(※日本語です。)
でし〜んとなる車内。
「仕方ない・・・O.K」(←多分)
と結構あっさり承諾してくれ、ラッキーだった。
この運ちゃん、けっこう愛想がよく、色々案内しながら車を走らせてくれた。
また、前の座席に乗ったY本は、思いっきり普通に運ちゃんに話しかけていた。しかも日本語で。にも係わらず、運ちゃんは中国語で返答し、何やら会話が成立していた。
■運ちゃんとY本・ツーショット
■トラまみれ!!
「東北虎林公園」はトラ(アムール虎)オンリーのサファリパークである。虎だけのために1キロ平方メートルもの広大な敷地の公園があるのは、中国ならではだろう。サファリバスに乗って、園内に入り、虎を観察することが出来るのだ。
入場券を買った後、サファリバスへ乗るまでの要領が分からす、(誰も中国語が理解できないため)ちょっと手間取ったけど、無事にバスに乗り込むことができた。
■入口と入場券売り場


園内の中では、色々なエリアに分かれていて、若い虎のエリアや活動期の虎など、別々に管理されていた。といってもそのエリア内は放し飼いなので、かなり野生に近い状態で見ることができる。
園内をバスで走りながら、虎がいると、バスが近くで停車してくれて、みんなが写真を撮りまくるという繰り返しだった。
■エリア分けされていた。(右・下)多数の虎がごろごろ(ライオンも!)





私たち以外は全員中国人だったが、バスの中はみんな、めちゃくちゃハイテンションだった。
「あそこに虎が〜!!!」
「うぉ〜」(全員写真撮りまくり)
「右側にもいるよ!!」
「うぉ〜」(全員右側に駆け寄り写真撮りまくり)
しかしそれを30分ほど繰り返すと、このテンションを保っているのがだんだん疲れてきた。
すると今度は、虎だけだと思っていたところに、ライオン登場!ちょっと落ち着いてきていた車内がまた騒がしくなり、そんなこんなで40分ほどのドライブで(もっと長く感じた)へとへとになってしまった。
しかしこれだけでは終わらない。車を降りると今度は歩いて見ることが出来るエリアへと続く。
■さすがは中国。餌やりもすごい!
今度は格子に囲まれた回廊を歩いて見学できるようになっていた。わたし達が檻にいて、周りのエリアの虎を見ることができるのだ。
■回廊での記念撮影と虎の飼育エリア


しばらく歩くと、鶏を入れた檻があった。はて、何だろうと一瞬思ったのだが、どうも虎の餌らしい・・・
1羽50元。(750円ほど)
しかも生きた鶏だ。
その時、同じバスに乗っていた中国人が、早速購入しようとしていた。
うわっ!餌やり見れるんだ。ラッキー!・・・なのか?!
とか思いつつ、ビデオを持ってスタンバイ。
棒の先に鶏をくくり付けて、金網の上からするすると虎エリアの方へ伸ばしていった。すると、虎がどんどん集まってきた。
ちょっと焦らそうと棒をひっこめようとしたが、うまくいかず、ちょっと油断した次の瞬間!
1匹の虎が大きくジャーンプ!!
その瞬間そこにいた虎がいっせいに鶏めがけて走っていったのだ!
その間わずか3秒足らずの出来事。その光景は凄まじく、今まで生きていた鶏は一瞬にしてバラバラになり・・・よく見ると、そこら中に鶏の羽毛が散乱している。
・・・(゚ _ ゚i)うわ〜!
これはさすがに日本では見られない光景だ・・・。水族館のピラニア餌やりショーと同じと思えばいいのだろうけど、生きた鶏はインパクト強すぎた。
なんとも見ごたえのあるサファリだこと。
その先はホワイトタイガーの檻があったり、虎の赤ちゃんを抱っこできるコーナーがあったりしたが、それまでの衝撃が強すぎて、どれもがかすんで見えた・・・
■(左)ここから鶏を出すと、(右)ぞくぞくと集まってきた。


■ロシア村へ
東北虎林公園は少し郊外にあるために、タクシーに乗ろうと思っても白タクしかなかった。しかし意外と白タクの方が都合がよかった。ほとんど相場の金額だった上に、5人1台でも文句を言われなかったためである。
例の中国旅行対策用単語帳を見せて、ロシア村に行ってもらうことで交渉が成立した。
ところが、タクシーは太陽島公園の駐車場で止まったのである。そして、「ここから歩け」というではないか!
しかし、わたし達がすばらしいのは、誰もが車を降りようとはしなかった点にある。手抜きをされてたまるもんか。
運転手はぐずぐず言っていたが、
「とりあえず行って!」(※日本語です。)
のK美さんの強い一言で、運転手はしぶしぶ車を走らせた。検問所のようなところで、警備員と運転手とが何か交渉しているようだ。
しかも、見ているとどうも通行料に10元かかるようだ。(もしくは賄賂?)本来入れるところだったのかは分からなかったが、歩行者天国みたいなところを通って、ロシア村の入口に横付けさせた。
察するに、検問所で運転手は、
「訳分からん外国人が入口まで乗せないと降りてくれないんです。説明しても言葉通じないし。なので、通してもらえませんか?」
と言っていたようだ。
何はともあれ、駐車場からは結構歩かなければならなかったから、意思を通してよかった。
■ザ・ロシアンショー
ロシア村はガイドブックの端っこの方にちょっとだけ出ていたので、見落とす人もいるだろう。地図にも名前がピンポイントで書かれているだけだったので、疑問に思っていたのだが、行ってみて理由が分かった。
何もないのである。ここはもともとロシア人のダーチャという別荘地で、その建物を使ってショップやレストランなどが整備されているが、すっごくショボかった。
私たちの目的はロシアンショーを見ることにあるので、逆に見るところがいっぱいだと時間がかかって困るところだったから、結果的にはよかったのだけど。
ロシアンショー付のレストランに行けば、食事しながら、優雅にショーを見ることができるのだが、料金が高いし、行きたいレストランが他にあったので、手軽にショーが観れるここを選んだ来たのだった。
ステージは、屋外だったが、その頃天気が思わしくなく、雨が降りそうで、しかも、だんだん寒くなってきて、屋外ステージは辛いな・・・という状況になっていた。
■(左)園内のようす(右)客席


だがまだ開幕まで30分近くある。客もほとんどいない。
すると、司会者らしき男性がステージに立った。
あれ?まだ全然開幕時間じゃないけど。
しかし、彼は本当に司会者だった。どうせもう人は集まらないだろうから早くに始めてしまえってなカンジだろう。
おお!ラッキー!そのアバウトさがいいねえ!もう寒くて限界。
まずはロシア人ねーちゃんのダンスショー。ダンスというほどのダンスでもなかったが。ステージをくるくる回りながら、客席のかわまりとT野をステージに上げた。
で、一緒にぐるぐるダンス!かわまりはエアロビクスのインストラクターなのだが、まさかこんなところでも踊ることになろうとは・・・
■一緒に踊らされるT野、かわまり

次は中国人オカマシンガーの歌。曲はロシアンポップソングだ。中国語だけど。何でロシアンショーで?
■オカマシンガー

次はロシア人のおじさんのフォークソングの弾き語り。これだけが唯一まともなロシアのショーだった。
■弾き語り

そして、またロシア人ねーちゃんの少しエロい衣装でのダンス。オカマの歌。と、出演者は司会者、ロシア人ねーちゃん2人、オカマ、ロシア人おじさんの5人でやりくりしている、ちょっと庶民派のショーだった。
■かつてのロシアンショー。

■さみしいロープーウェイ
帰りの太陽島から本島までは、観光がてらにロシア村すぐ近くに乗場がある、ロープーウェイで帰ることにした。
そして、入場料を見てビックリ!外国人料金は片道50元とあった。(現地人30元)
外国人料金が設定されていたから驚いたのではない。金額にビックリしたのた。
「昨日食べた、食べきれないほどのロシア料理のコースが60元で、10分ほどのロープーウェイが50元かい!」
という訳だ。
入口を入ると、止まったエスカレーターがあった。そして乗場には人っ子一人いない。
金かけて作ったものの、高い運賃に現地の人は寄り付かず、ますます悪循環で経営がきびしくなったのだろう。
■切符売り場と料金表


しかしロープーウェイは空でも動かさなければならない。わたし達が乗っている間、人が乗ったゴンドラとすれ違ったのは、1組のみだった。
ところで、松花江の上をロープーウェイで渡るのは、結構気持ちよかった。哈爾浜の街を上から遠くまで見渡せて、大都市にはない地方都市ならではの情緒があった。
■ゴンドラ内からの景色(絶景だ!)


現地へ行くと、金銭感覚も現地化して50元が高く感じたが、日本円でたった約750円だ。哈爾浜一の観光地中央大街のすぐ近くに乗降口があるので、観光にはもってこいかもしれない。
■どんどん行きます!ロシア料理
哈爾浜の見どころは何と言っても中央大街だ。本当は真っ先にここを訪れたかったのだが、短い滞在時間を有効に使うためには、今日もゆっくりとはしていられない。
今日ここを訪れた理由は、哈爾浜のロシア料理の有名店「露西亜」で昼食を取るためだ。
中央大街を北側から入ると、すぐ近くにあった。蔦の葉が生い茂る外観はおしゃれで、雰囲気がいい建物だ。
店内に入ると、意外と空いていて、すぐに席に着くことができた。
中のインテリアも洋館のようで、中国にいるとは信じられない。値段はそこそこするが、量も多いし、味も絶品だった。
■すてきな外観とすてきなインテリア


■「露西亜」の料理






■黒龍江省民族博物館
お昼を食べたからといって、ゆっくりはしていられない。次は黒龍江省民族博物館の見学である。
閉館が早い上に、明日は休みなので、今日しか見るチャンスがないのである。
またもや運転手に無理を言って、5人一緒に乗せてもらい(ただし、多めにチップを渡した)黒龍江省民族博物館へ。
とうとう雨が降り出した。入場券を買おうとすると、なぜかタダだった。閉館間際だったからか、一部が工事中だったからか、よく分からなかったが、ラッキーだった。
博物館というから、もっと近代的な建物なのかと思ったが、孔子廟の建物の中の一部が民族博物館となっているらしい。
中の展示物は撮影禁止になっていたので、手元に写真はないが、北国のちょっと日本では馴染の薄い少数民族の昔の服などの展示がおもしろかった。魚の皮で作った服とか毛皮とか、ちょっと見たことがないものがたくさんあり、中国語だけども、漢字でなんとなく想像できるものも多かった。
展示箇所は少しだけだったが、なかなか楽しめた。



■雨だ!寒いよ!ここはどこ?
博物館を出た後、タクシーを拾おうとしたが、さっぱりうまくいかなかった。雨なので、タクシーはほとんど満車だった。また、昨日はそうでもなかったのに、気温がぐっと下がってきた。
いまいち今いるところが分からないし、バスもどこ行きに乗ればいいのか分からない。人に聞いても分からずで、最悪だった。
もうこうなったら歩こうということになり、なんとなく勘で、しばらく歩いていると、だんだんと道が分かってきた。
そして、思ったほど遠くもなかったのである。しかし地図上の道はまっすぐでも、実際は違っていた。哈爾浜も今、建設ラッシュで、道はボコボコ、ガタガタ。迂回しなければならない所も多く、思ったように進まなかった。
特に平ブロックの道は最悪だった。雨でぬかるんでいる上、道を途中まで解体してあるので、平タイルの上を踏んだ途端、床がへっこんで、水の中に足をつっこんだり、くねったりと、メンバーの中でも一番躓きやすいT野は大変だったことだろう。
■これが東北料理だ!
歩くこと1時間、哈爾浜の東北料理有名店「正陽楼」に着いた。飢えと寒さでへとへとで、「食べまくるぞ!モード」だった。
■レストラン入口と店内のようす


料理を待つ間、お茶を持ってきてもらうと、お茶じゃなくて、ただのお湯だった。はじめ、??だったが、どうもここではお茶じゃなく、さ湯を飲むのが習慣らしい。
そしてこの水の臭いこと。アムール川の水はイマイチだった。
「東北料理は量が多いので控えめに頼むとよい。」とガイドブックには書いてあったが、誰一人として小食な人がいないこのメンバー。ものすごい勢いで、完食した。
日本の東北のイメージそのままに、中国でも東北料理は田舎料理という感じで、大ぶりで、濃い味付けだった。この店の代表料理「醤骨頭」という骨付き肉のままトロトロになるまで煮込んだ豚肉はもう最高で、日本に帰って来てからもまた食べたいなあと思う一品だった。
ロシア料理もいいけど、やっぱり中華料理は最高だ。





■哈爾浜が好きになった出来事
正陽楼のとなりは運よくスーパーマーケットだったので、お土産と、今日の夜の宴会のために、お酒を大量に買った。あまりにも大量に買ったため、レジのおばちゃんにあきれられてしまった。
その後一旦ホテルに戻り、哈爾浜駅地下にあったお土産屋に行こうとホテルのロビーで集合すると、Y本が青い顔をしていた。
「デジカメ失くした。多分さっきの店で忘れてきた・・・」
「何〜!!またか〜!!」
実はこのY本、以前にもベトナムでカメラをなくしたと大騒ぎしたという出来事があったのだが、前回はY本の勘違いで、スーツケースの中から見つかった。
しかし今回は本当に失くしたらしい。
以前にこういう出来事があったのにも係わらず、また懲りもせずY本をカメラマンに任命したわたし達もアホだが、Y本も学習能力のないヤツである。しかも
「データが・・・」
と、冷たいみんなはカメラよりもデータを心配しているではないか!
ところが・・・
カメラは無事返ってきたのである。また今度もY本の勘違いか!?というとそうではない。
本当に「正陽楼」に忘れていたのである。
そして、そのカメラを正陽楼の店員さんが気付いて、保管してくれていたのである。
何たる出来事!
最近では日本でも有り得ない話だというのに、それが中国で起ころうとは!
そういえば、哈爾浜に来てから不愉快な思いをまったくしなかったことに気付いた。順番を並ばない人もいないし、ぶつかってくる人もいない。あの無秩序で無礼な感じは北京独特のものだったのかもしれない。同じ中国と言えども、この広い国土では地域性がまったく違うのかもしれない。
わたしはすっかり「正陽楼」が、そして哈爾浜が好きになってしまった。
■ローカルバスでGo!
今日も郊外へ見学に行く予定だ。しかし昨日とは反対方向、哈爾浜からは南の方角へ向かう。何と目的地へ行くバスはホテルの真横から出ていたので、すごく便利だった。
ローカルバスに乗るのはとっても楽しい。普通の人の様子が観察できるし、街をぐるぐる回るので、観光にもなるし、料金も安い。ただ、どこで降りたらいいのかが解りづらいのが難点だ。
だいたいこういう場合、周りの人に聞きまくるのだが、今回勇気がいった。
なぜなら、目的地は「侵華日軍第七三一部隊遺址」だったから。何だそれは?という人のために説明すると、ここは、第二次世界大戦中に日本陸軍の関東軍防疫給水部の本部が置かれている場所だったのだ。
その名のとおり表向きは防疫、給水のための部隊ということになっていたが、実際は細菌戦で使用するための生物兵器の研究を行っていたとされる。内容は捕虜(マルタ)を使った人体実験、生体実験を行っていたとされ、捕虜どころか民間人までもが犠牲になったという証言もある。
現地の人がこういう施設であるということをどれほど知っているかは知らないが、少なくとも日本人よりは有名であろう。
今回わたし達もそこへ行くかどうかについて意見が分かれた。しかし最終的に過去に日本人が行ってきたことを目を瞑らずに見てみようということになり、見学することにしたのだった。
話は戻るが、そういう場所だったためにちょっと行き先をたずねるのには躊躇した。わたしが座った席の通路をはさんだ反対側の席に若い女の子が座ったので、その人に聞いてみた。
しかしその人は「侵華日軍第七三一部隊遺址」がどこにあるのかは知らなくて、親切にも運転手に聞きに行ってくれた。そして、「新羅街」という停留所だと教えてくれた。
わりと長い時間バスに乗っていた。日本で哈爾浜の計画を立てるために散々哈爾浜市の地図を見たので、おおまかな地図は頭に入っていて、後ろの席のK美さんとT野が地図を見て、要所要所を言ってくれるので、どの辺を走っているかは何となく分かった。
隣に座っているかわまりは眠りこけていた。
ひとり離れて座っていたY本は、バスの窓が開いていて「寒いから閉めて!」と車掌?のおばちゃんに文句を言っており、完全に現地人に同化していた。
そして、毎回バス停名をチェックしていた私は、次の停留所だと分かったと同時に「侵華日軍第七三一部隊遺址」の入口が車窓から見えた。
すると、車掌のおばちゃんが親切にも指を差して、「ここだよ!」と教えてくれた。そういうわけで、無事着くことができた。みんな親切でよかった。
■車内のようすと乗ったバス

■侵華日軍第七三一部隊遺址
結局同じ停留所で降りた人の中で、ここへ行く人はわたし達だけだった。(もっと観光客が多いと思っていた。)
ガイドブックには入場料の金額が書いていたが、無料だった。何だかだだっ広く寂しげな所だった。
■入口のようす・寂しげだ

中の建物に入ると色々な展示物があったが、意味が分からずどこから見ようかと思っていたら、見たことのある人が見学していた。哈爾浜に着いたとき、空港からホテルまで一緒だった、男性2人連れである。
彼らはガイドを手配して観光中だった。そして今まさに七三一内にいる日本語ガイドを雇うところだった。
「ちょうどいいから君達も一緒に説明を聞かないか?」
とい言われ、ちゃっかりご一緒することにした。
まずは、展示室内から説明をうけた。
■熱心に展示物を見るわたし達とガイドさん


■リアルな模型による展示もあった


展示室がある建物を出て、外部の建物の見学へと移る。
■ボイラー室跡と施設内の線路跡


■凍傷研究(吉村班)の施設跡と黄鼠の飼育室跡


ガイドさんがいてくれたおかげで、色々説明も聞けて、理解も深まった。そして興味もわいてきた。ここは勝手にまわるより、ガイドを付けた方がいいだろう。
「侵華日軍第七三一部隊遺址」見学後の計画は、街に戻って、見どころのひとつ「ソフィスカヤ寺院」を見学するつもりだった。
本来ならばまた長時間かけてバスに揺られ、戻らなければならないところだったが、彼らの観光マイクロバスで現地まで送ってくれることになった。
彼らはこれから、どこかでお昼を食べるようだったが、私たちはここだけは行っておきたかったので、お昼は後回して、先に見学することにした。マイクロバスは寺院の真ん前に止めてくれたので、本当に楽で時間的にも助かった。
■東洋にこんな立派な寺院があるなんて
ソフィスカヤ寺院はなかなか立派な、異国情緒のあるロシア風の外観だった。大きさに圧倒されながら、夢中で写真を撮った。
■ソフィスカヤ寺院・とても立派だ


しかし中に入ると、ちょっとガッカリ。中の装飾はすばらしいと言えばそうだし、中国国内でこんなものが見れると言えば、すごいかもしれないが・・・。
客観的にみると「えっ?これだけ?」という感想しか出てこなかった。ちょっと物足りないのである。ここは中には入らなくてもいいかもしれない・・・。
■寺院の内部・内装はすばらしいのだが・・・

■餃子三昧!
午後は哈爾浜一の見どころ、中央大街をゆっくりまわることにした。
とりあえずは昼食ってことで、やって来たのが、「東方餃子王」というチェーン店。哈爾浜を訪れてから何度も見かけるほど所々にある。中国ではあまりメインでない焼き餃子のメニューも揃っていた。
■チンジャオロース味の餃子にびっくり!でもおいしかった。



お腹が満たされたところで、ゆっくりと通りを散策した。色々露店とかあって楽しかった。
何だか人だかりが出来ていて、にぎやかな連中がいると思って近寄ったら、我がグループだった。・・・なんてこともあった。







通りの端までに、かわまりは何度もマトリョーシカに目を奪われ、吟味して買った割には後でいいものが出てきて、結局大量のマトリョーシカを買うはめになってしまったのだった。
■吟味するかわまり


通りの北には、スターリン公園というところがあり、現地の人と観光客で賑わっていた。
■公園内では、スポンジの筆で字の練習をしている人々がいた

■絶品砂鍋!
前の北京旅行ですっかり砂鍋の虜になってしまったわたしとK美さん。ここ哈爾浜でも絶対食べよう!というわけで、K美さんが調べてきた店は、「王記砂鍋聚」という小さな店。黒龍江大学周辺の学生街にある砂鍋店だ。学生街にあるだけあって、安くてうまいという口コミだ。
たが、場所がはっきりとは分からず、タクシーで黒龍江大学南門まで行って、そこから歩いて探すことにした。
向こうの方にお店屋さんの通りがあったので、そこを目指して歩いていると、二人の大学生らしき女の子とすれ違った。その二人に店の写真を見せて、場所を聞いてみると、有名な店だったらしく、教えてくれた。そして日本語を専攻してるとかで、日本語で教えてもらえた♪
思ったよりは遠かったけど、無事到着。本当に小さな入口だった。しかし中に入ると意外と広く、奥に長く、2階まであるようだ。
早速、適当に注文してみた。ひとつの鍋の大きさはひとり鍋くらいの大きさで、いろいろな種類を食べられるのがうれしい。また、鍋のバリエーションも多く、日本の鍋と具の中身はそんなに変わらないのに、味付けでこうも変わるものかと驚いた。




今日は出発の日。朝8時の便で日本に帰る。昼には関西に戻れる。本当はもっといたかったのだが、飛行機が毎日運航してないので、この日程にせざるを得なかった。小さな町のようで、意外と見るところがたくさんあり、結局本当のメインの観光地しか廻れなかった。
たまたま飛行機のチケットが取れたという理由だけでここに来たけれど、来てよかったと思う。中国でありながら、ちょっと西洋風な町並み、そして日本統治時代のなごり、人々の穏やかさ。地方都市ならではの良さと歴史が絡みついたちょっと変わった町だった。
(2010.6.1)
