■大富豪のはじまり
出発直前まで飛行機のチケットがとれなかったわたし達。やっと取れた便はものすごく乗り継ぎが悪かった。カタールのドーハに着いたのが、夜の11時25分。次にヨルダンのアンマンまでの便は翌日の12時45分までの実に13時間近くを空港で過ごさねばならなかった。まさに
ドーハの悲劇だ。
トランジットのエリアで免税品を見たりしていてもせいぜい1時間がやっとである。そのうち客の数もまばらになっていった。まるで映画「ターミナル」の主人公になった気分だ。
わたしはこの日のために用意しておいた銀マットを地べたに引いて貴重品バッグを枕にして寝た。わたしとK美さん以外は恥ずかしがって椅子に座ったままだ。そのうちどんどん寒くなっていった。あまりの寒さにわたしは銀マットにくるんで寝た。
「実は私こんなの持ってるね〜ん」
Kぽんが急にキャンプ用の銀色の防寒袋を出してきた。わたしの銀マットは100円均一、かたや銀色の防寒袋は2000円。もちろん性能は比べ物にならないほど防寒袋の方が暖かい。
Kぽんは銀色ミノムシの様になってわたし達と共に床で寝た。
傍から見て異様だったのだろう、わたし達の近くには誰もいなくなってしまった。夜も更け、ナチュラルハイになってきたわたし達はトランプを始めることにした。ちょうど6人なので、「大富豪」がぴったりだ。
これが大当たり!どんどん「大富豪」にのめり込み、いつの間にか夜が明けていた。
空港のカフェテリアで朝食を済ませたわたし達は場所を替え、再び「大富豪」を始めた。まるで中毒患者のようにやり続けた。時間をつぶすためにやり始めた「大富豪」だが、時間が許す限りの「大富豪」に変わりつつあった。ようやく出発時間になり、わたし達はしぶしぶ「大富豪」を中断してターミナルへ向かった。
■マリオット・リゾート
飛行機は無事アンマンの空港に着陸した。今日のお宿はなんと死海にある「マリオット・リゾート」。世界のリゾートホテルチェーンの代名詞とも言える豪華ホテルだ。
そんな所に泊まれるのは何もわたし達のツアーが高かったせいでもない。飛行機がぎりぎりまで取れなかったため、安いホテルはもういっぱいで旅行会社が手配できなかっただけのことだ。
そのかわり、空いているホテルに合わせて日程を組んだために、旅行順序はものすごく効率が悪い。しかし安いツアーでこんな豪華なホテルに泊まれるんだから誰が文句を言うものか。
■ホテルの部屋と浴室 すばらしい!
■ビールがない!
恐れていたことは本当だった。ガイドブックによると、ここヨルダンはイスラム教の信仰が厚く、アルコールは一切期待できないということだった。しかし外国人向けのホテルにましてやリゾートホテルには置いてあるだろうと少しは思っていた。
しかし本当にアルコールは一切置いていなかった。海外旅行の楽しみのひとつにお酒を飲んでだらだらするというのがあるが、せっかくのリゾートホテルなのにそれが出来ないというのはつらい。そこで万一を考え、アンマンの空港でK美さんと私で瓶ビール12本を確保しておいたのだ。さすがにぬかりはない。その代わり、その重い瓶ビールを常に持ち歩かねばならなかったことは言うまでもない。
■死海で浮く
日程の悪さから、死海は昼食までしかいられない。時間を有効に使うために、午前中まだ肌寒い内から死海に泳ぎに行った。
さっそく死海に入ってみる。おお!立ってはいられない。浮くしかないのだ。シンクロナイズドスイミングみたいに勝手に足が上がっちゃう。塩分が濃いというがどんな味だろう
「♠♣♥♦!」
しょっぱいを通り越して苦いというかなんか化学化合物の味みたいだった。
■死海で浮いているところ
さすがは高級リゾートホテル。泥パックは大きな壺にいれて使い放題。顔と全身に塗ってみる。10分経って洗い流すとすごい!赤ちゃんの肌みたいだ!
しかしその後死海の強烈な塩分のせいで体中乾燥し、しばらくは苦しい思いをするのであった。
昼食まで時間があったので、テラスでまた「大富豪」をした。のんびりするためにリゾートホテルがあるので「大富豪」はおあつらえ向きだ。死海の大きなイベントとしては死海遊泳と「大富豪」に決定だ。
昼食はバイキングの予定だったが今日は閉まっていたので、イタリアンレストランになった。ヨルダンに来て早くもアラブ料理に根をあげそうになっていたわたし達にはちょうどよかった。だってアラブ料理って酒のアテみたいな料理なのにアルコール抜きだからつらいのよ・・・
テラスでそよ風に吹かれながらの心地よい昼食となった。
■大晦日の晩餐
今日はアンマンのホテルに一泊する。ホテルはアンマン郊外にある「エルサレム・インターナショナル・アンマン」だ。エレベーターホールがなぜか真っ暗なホテルだった。
Oさんの発案で、今日は大晦日なのでいいレストランは予約しないとむずかしいとのことで、旅行会社に電話してふさわしい店を予約してもらった。さすがは旅行会社にお勤めだけのことはある。
店内に入ると、ターバンを巻いたアラブの人達がずらっと座っていた。女達はもちろん顔を隠している。多分みんな普通の人達だと思うのだが、みんなが石油王に見えてしまう。やっとアラブの国に来た雰囲気を味わえた。
わたし達は円卓の席についた。「この円卓大富豪にちょうどいいな。」こんな意見が出るほど「大富豪」にはまっていた。出たきた料理はアラブ料理のコースだ。店の外には大勢の地元の人が並んでいて、いい店を紹介してもらえたんだなと思った。
料理はどれもおいしく、ラムが苦手でなければ肉類もおいしい。ただ、酒のアテみたいな料理なのにお酒がないのはつらい。
■アラブ料理のコース
今日は大晦日なので、テレビ番組も年末の歌謡ショーのような番組が放映されていた。わたしはアラブ音楽が大好きなので、テレビを見ていたら、どこかのホールでの生放送のようだった。異様なのは、客の服装が、いや客どころか出演者も含めて全員同じ白い正装だということだ。ホール中が男性ばかりでしかも全員同じ服。この番組が一番アラブらしさを感じたのだった。
■ワディラムへ
午前中アンマンのスーバーでおみやげを買って、昼からワディラムへ向けて出発した。今日はワディラムでキャンプだ。半日かけて移動して、ワディラムのキャンプ場に着いた頃には暗くなっていた。
ここはキャンプ場といってもテントの中にちゃんとベッドが置いてあり、そこまでサバイバルではなかった。
食事用テントで演奏を楽しみながら夕食をとり、あとは寝るだけだった。しかしまだ寝るような時間ではない。わたし達の考えることはひとつ。テントの中で懐中電灯の明かりのみでまたまた「大富豪」を楽しんだ。
■キャンプ場での食事
■寒い〜
夜も更けてきたので、そろそろ「大富豪」はお開きにして、寝ることにした。今までわたしとK美さんがペアで同じ部屋だったが、今回の旅行に限ってわたし達が揃うと運が悪いような気がしていた。わたし達が同じ部屋でなければならない理由は、寝る前に酒盛りをするためだったので、今日は別の部屋にした。
わたしと同じテントなのはKぽんだ。夜中、あまりの寒さで目を覚ました。となりのKぽんを見たらすやすや眠っている。そのうちあまりの寒さにトイレに行きたくなってきた。キャンプ場なのでトイレは随分歩いていかなければならない。怖いのを我慢しながら、トイレに行った。
布団で寝てるよりも歩いてる方が寒さがマシな気がしたので、しばらく外で星を眺めていた。砂漠の中の満天の星空だった。
翌朝、その話をすると、K美さんも寒すぎて何回もトイレに行ったらしい。しかしあとのメンバーは全員全然寒くなかったという。後で他の人の布団を調べたら暖かい毛布が入っていた。K美さんとわたしはたとえ離れても運が悪いのは一緒だったという訳だ。
■キャプテンズ・デザート・キャンプ
■砂漠4WDツアー
今日は4WDで砂漠の中を走ることになっている。4WD乗場へ行くとキャンプ場で働いていたおじさんがここでも働いていた。砂漠を走る車はトラックの荷台を改造したような車で、わたし達は荷台に乗った。
ヨルダンって地図だけ見てたら砂漠だらけなのかなと思ってたけど、わたし達が想像するようなさらさらの砂の砂漠というのはほんの限定された場所だけらしい。そこを4WDで廻ってみようというツアーなのだが、客の中にはアラブ人も少なからずいて、意外と現地の人にもめずらしい場所なのだと思った。
車は決まったポイントを順に止まっていった。砂漠の砂というのは近くでみたら、岩が風化して粉になって、それがさらさらと砂になっているのだ。砂は海外持ち出しOKかどうかよく知らないが、綺麗なので持って帰ることにした。気が付いたら、ヨルダンのおみやげというと泥とか砂とか塩とかそんなものばかりになってしまった。
最後の見どころポイントは写真で見るような砂漠の砂山だった。わたし達は頂上まで登ろうとしたが、砂に足が埋まってなかなかうまく登ることができない。高所恐怖症のT野はせっかくの砂漠も下でお留守番だ。その後の観光は崖を行ったり山を登ったりでT野を苦しめた。
わたし達の4WDは一番乗りだったおかげで足跡のないまっさらな砂山を満喫できたが、後続の車はわたし達の「足跡付」砂漠を見なければならないだろう。
■砂漠 下からと頂上から
■豪華ホテル第2弾
今日のホテルも本来よりもグレードアップしたホテルだった。昔の石造りの村をホテルとして改装していて、ヴィラのように1軒が2〜3部屋ずつに別れていた。わたしの経済力では自力で泊まることは無理であろう。敷地内には宿泊施設の他に、ショップ、レストラン、バー、ハマムまで付いている。客室の床は床暖房になっており、わたし達はここでも「大富豪」をするのを忘れなかった。
■ホテルの部屋、ショップ、バー
寝る前にやっとお待ちかねのバーへ行くことができた。となりの席では欧米人がチェスをしてたりと、こういう雰囲気を待ってたんだよぉ。
■ペトラ遺跡
今日は最後のメインイベント!ペトラ遺跡見学だ。そう、あの「インディー・ジョーンズ」のロケ地に使われた場所である。
メインゲートから次のポイントまで乗馬に乗ることになっていた。歩かなくて楽でいいなと思ったが、馬に乗るのはめちゃくちゃ怖くて楽ではなかった。馬に乗るのはほんのちょっとで内心よかったと思った。
メインゲートからここで一番有名な遺跡「エル・ハズネ」まではツアーでガイドが付いていた。しかしこのガイド英語しか話せない。このメンバーの中で英語が分かるのはOさんとT木さんだけである。しかしどんどんと解説は進むのでいちいち和訳していられない。結局1時間ほどのガイド期間、わたしはカメラマンに徹した。ガイドが終了したとき、全員にチップを要求された。ガイド内容が一切理解できなかったのにチップを渡すのはなんだか理不尽な感じがした。
■「エル・ハズネ」
「エル・ハズネ」から遺跡群を通って、博物館の場所まで来た。途中の遺跡群をひとつひとつ見ていると3日くらいかかるそうだ。時間もそうだが根気も体力も要りそうだ。ここからもうひとつの有名な遺跡「エド・ディル」までは急な階段を登っていかなければならない。ガイドブックの情報によると1時間かかるそうだ。階段手前には「ロバ・タクシー」といってロバで階段を登ってくれるサービスがある。しかし先程の馬での経験から絶対に自分の足で登ったほうが楽だなと思った。
わたし達メンバーは全員スポーツクラブのメンバーだ。アスリートのわたし達はなんと30分で到着した。しかも階段はロバの糞だらけ。足元を見ながら景色を見つつ登るのは至難の業だった。高所恐怖症のT野はここでもひとり苦労していた。
さすがに「エド・ディル」まで来る人は少なくなっていた。さらにビューポイントまで足を延ばす人は一握りだった。ビューポイントは絶景で谷底に吸い込まれるようだった。かわいそうにひとりT野だけが少し崖に近づく人に向かっては「危ないっ!」を連発していた。
■最後まで「大富豪」
今日はヨルダンを発つ日だ。空港まで半日かけてドライブだ。途中ドライブインで時間を潰すことになった。普段なら無駄な時間だと思うところだが、ここでもミントティーを飲みながら「大富豪」をした。だんだんと白熱していき、まわりにはアラブ人達のギャラリーができた。彼らはルールが分からないが興味深々といったところだった。
もちろん帰りのドーハでのトランジットでも「大富豪」大会は開かれ、今回の旅行の観光時間に匹敵するぐらいの時間「大富豪」をしていたと言っても過言ではないだろう。
■旅行中お世話になったトランプ「ハムちゃん」
(2009.3.17)
