「今年の正月休みはカレンダーの関係で長期に休みが取れる!モロッコへ行くチャンスだ!」
モロッコ・・・そう、去年の正月休みに行こうとしたけど結局行けなかった場所。しかしまだモロッコへの希望は持ち続けていたのだ。今年こそ行くぞ!
しかし残念ながら安い航空券は完売。キャンセル待ちすらできなかった。
「じゃあ、敦煌へ行こう!」
しかし、「この時期は寒すぎて旅行に適していません。マイナス20度になります。」という悲しいお知らせになった。
じゃあ暖かい所へ行こうと思って思いついたのがスリランカだった。いつか自力で周れそうだなあと思っていたのだが、よく調べてみると有名遺跡は点在していて、公共交通機関で周るのは大変そうだった。そしてよく見ると、ちょうど休める期間に適したパッケージがあるではないか!
そして、すんなりと航空券も取れ、スリランカ行きが決定した。
■そして誰もいなくなった
今まで自分のまわりに、スリランカへ行ったことがある人は聞いたことがなかった。しかもスリランカには反政府武装組織「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」なんていうのがいて、内戦真っ只中だ。(2008年当時)外務省・海外安全ホームページでもあまりいいことは書かれてなかった。
ちょっとビビッて色々調べてみたけど、内戦のある北部へ行かなければ、治安はとてもよい、という意見がほとんどだった。それでもスリランカへ行く人はきっと少ないんだろうなと思っていたのだが、なんとスリランカ航空コロンボ行きは日本人でいっぱいだった。
「な〜んや!スリランカって意外とメジャー。穴場のリゾートだと思ってたけど全然穴場じゃなかったね〜」
などと言いながら機内を過ごした。
ようやく長いフライトの後、コロンボ近郊のバンダーラナーヤカ国際空港へ到着した。わたし達は席が後ろの方だったので、飛行機を降りるのが最後の方だったのだが、到着ロビーには多くの日本人が整然と並んでいた。
「これ何の列?団体ツアー?」
しかしよく見ると欧米人も少しだが並んでいた。団体ツアーの列でもなさそうだし。はて?と列の前の方を見ると、「トランスファー」、すなわち乗り継ぎロビーからはみ出した人々だったのである。
そう、この飛行機に乗っていた人々は「マーレ」すなわち、モルジブへ行く人達だったのである。
程無くして、乗り継ぎゲートが開いた。すると、そこにいた列は全員入って行き、突然、到着ロビーはガッラ〜〜〜ンとなってしまった。結局ここで入国した人はわたしが見る限り3組ぐらいだった。
■ボールペン
わたし達は、機内では酔っ払っていたので、結局入国カードを書かずじまいだった。入国審査場で入国カードを書いている内に、手続きする外国人はわたし達だけになってしまった。入国審査官も早く仕事を終えたいらしく、早く来いというしぐさをした。
ふたりで審査官の前へ行くと、書くものをよこせと言ってきた。審査官が書くものを持っていないわけがないので、これはちょっとしたワイロの要求だ。
日本のボールペンはどこでも人気がある。旅行先で、ボールペンを欲しがる外国人を今までに何人見てきたろう。だからこんな時のために、ちゃんと書き味の悪い、捨てるつもりのボールペンを何本か持って来ていた。我ながら準備がいい。
ところが、それを渡すと書き味を試してみて
「ノーグッドだ。別のはないか」
と言ってきた。クソ〜ごまかされなかったか。
今度はK美さんが成田空港の免税店でタダでもらったボールペンを渡したところ、それが気に入ったらしい。上機嫌で通してくれた。わたしはこの出来事でますますボールペンの利用度の高さを確信した。
■ニゴンボへ
空港を出たところで、ガイドのサプマンさんが待っていてくれた。
「これから1週間よろしくお願いしま〜す。ところで早速なんですが、空港のショップは良いって聞いたんで、行きたいんですが。多分出発ロビーの方だと思うのですが。」
「ええ?買物ならこれからいくらでもできますよ。」
「シャンプーとシダレパを買いたいんです!」
ここで説明しよう。今回の旅行では、シャンプーを持って行かずに、スリランカで有名な、アーユルヴェーダーで作られたシャンプーを現地で買い、使用し、使い心地を確かめた上でお土産にしようというK美さんの提案のもと、まずは、空港のローカルショップで、シャンプーを買う予定にしていた。また、シダレパというのはアーユルヴェーダー医学に基づいて作られた、タイガーバームみたいな万能クリームである。
「もう空港のショップは閉まっているようなので、途中でスーパーマーケットに寄りましょう。」
そういう訳で、わたし達専用の運転手スランガさんの乗用車に乗り込んだ。この4人でこれからずっと周って行くそうだ。すっごーいぃ!セレブみたい!
今日の宿泊先はコロンボ近郊の港町ニゴンボにあるので、これからそこへ向かっていくのだ。
あるスーパーマーケットの前で止まった。小規模なスーパーマーケットだった。早速中に入ると、目についたのはココナッツオイル。思わず手に取ると、サプマンさんに
「なんでこんなものがいるんですか?」
とあきれられてしまった。結局ここではお目当てのシャンプーはなく、お茶とスナック菓子を買った。
海外に行くと、夜の風景はナトリウム灯のオレンジ色の光が寂しく光っているという印象があるが、ここスリランカでは、電球色ギンギンだった。そしてそれらはLEDではなく、バリバリの白熱電球だ。
「エコじゃないよね〜。」
などと言いながら、着いたホテルも白熱電球ギラギラの電飾オンパレードだ。
今日はパーティーらしく、大音響の音楽と共に、プール沿いで大勢の客が夕食をとっていた。
ホテルの部屋に入ると、大量の黒い蚊の塊がいた。
ぎょえ〜!!
しかし用意はバッチリ!わたしは携帯用ペープ、K美さんは蚊取り線香を用意してきていた。それらを設置すると、蚊はどこかへ行ってしまった。スリランカの蚊にも効き目はあったようだ。
「シャワー浴びようっと」
とシャワーの栓をひねったが、残念。ここは水シャワーだった。寒いので、頭を洗うのはやめた。シャンプーもないことだし。
次にK美さんがシャワーを浴びた後、備え付けのタオルで体を拭いたらタオルの繊維が体中に付いて、よけいに汚れてしまった。わたしのタオルはそんなことなかったのだが。
イマイチなホテルだったが、寝るだけなのでよかった。夜遅くまで大音響の音楽が鳴り響き、寝られないと思ったけど、疲れていたのか一瞬で眠ってしまった。
■ホテルのロビーと部屋
■おいしい飲み物いっぱい
朝起きて、ホテルの周りを歩いてみると、ホテルから海に出られるようになっていたり、プールがあったり、昨日は夜に着いて分からなかったけど、結構良さそうなホテルだった。朝食はテラスで食べられるようになっていて、感じがよかった。
■SUN FLOWER BEACH HOTELの外観とテラス
席に着くと、まずはじめにセイロンティーのポットが運ばれてきた。さすがはスリランカ!紅茶の国だなあ。飲んでみるとめちゃおいしぃ〜!やはり現地で飲むのが一番!渋みもないし、やはり水が違うから?スリランカに来て、初の感動だった。
■ホテルの朝食 料理はちょっと口に合わなかった。
さて、今日はこれからポロンナルワの遺跡に出発だ。スリランカって暑い国だと思っていたけど、ジャングルの中は結構涼しかった。意外と湿度がなく、涼しい風が吹き、時には半そででは肌寒いくらいだった。汗をかくことはあまりないが、日差しは相当きつかった。
道の途中でサプマンさんが
「椰子の実のジュースを飲んでみませんか?」
と道端の椰子の実ジュース屋さんの前で車を止めてくれた。椰子の実ジュース屋さんと聞くと、立派な店舗と思われそうだが、スリランカでは道端に取ってきた椰子の実たくさん吊るしていて、注文すると、その場で椰子の実の上部をナタで切り、ストローを挿してくれて、その場で飲めるような店のことだ。
椰子の実は人の顔くらいあるので、そんなには飲めそうもないと思ったけど、サプマンさんはひとりにひとつずつ買ってくれた。飲んでみると、なんかどこかで飲んだような味。そうだ!上等なスポーツドリンクの味みたいなのだ。喉の渇きを潤す目的ならいいだろうが、好き好んで飲むような味ではなかった。ただ、スポーツドリンクとして飲むならぴったりの味のような気がした。このドリンクは腎臓に良いそうだが、あまり続けて飲むと、かえって良くないそうだ。
■これをもぎ取りストローに挿してくれる。(右)は椰子を半分に割ったところ。白い部分は食べられる。
途中、トイレ休憩で入った店で、今度はマンゴージュースを注文した。物価がすごく安いので、遠慮せずにこういう生ジュースが飲めるのは、南の国の特権かな?
しかしその後、調子に乗りすぎていた事実に気付くことになる。
車はさらにジャングルの奥地に入って行き、山を登りはじめた。しばらくするとトイレに行きたくなってきた。考えてみると、朝からあんなに飲んでいれば、当然である。しかしここはスリランカの山の中。公衆トイレは期待できない。とりあえずまだ何とかなる今のうちに言っておかなければ!
「すんません・・・トイレ行きたいんですけど・・・」
■民家のトイレを借りる
結局、お店などもなく、民家のトイレを借りることになった。サプマンさんが家の人に話してくれると、快く貸してくれた。トイレは日本の田舎のように、屋外にあって、しゃがんで用を足すタイプだった。もちろんこれは用を足した後は桶に水を汲んで、水で局部を洗うのだ。わたしはそんなことにチャレンジするほど神経が図太く・・・いや、旅慣れてなれていないので、持参したティッシュを使い、それは持って帰った。
もうこれからあまり必要以上に水分を取らないでおこうと心に誓った。しかしその後も何度か苦しい場面に出くわすのだが・・・
ホテルを出て4時間くらいして、やっと目的地ポロンナルワの遺跡に到着した。
ポロンナルワはシンハラ王朝の首都だった所で、古都ポロンナルワとして世界遺産登録されている。
スリランカは日本の北海道の8割くらいの大きさでありながら、その中に世界遺産が7つもある。これはその内のひとつだ。
宮殿跡などの他はほどんとが仏教遺跡で、現在もスリランカは敬虔な仏教国である。仏教遺跡を見学する時は、脱帽、裸足が基本である。今日はサンダルを履いていたおかげで、脱ぎ履きは楽だったが、帽子は意味がなかった。
■ポロンナルワの仏教遺跡
スリランカ人は子供の頃から仏教を習いに日曜学校へ行き、仏教の知識が豊富なのだそうだ。サプマンさんはもちろんガイドだからということもあるが、ものすごく詳しく、しかも日本でもあまり使わない仏教用語などもスラスラ出てくる。わたしは古代の仏教遺跡に興味があるので、すごく面白かったが、時間はもう午後2時半に差し掛かっていた。さすがにお腹が空いてきた。
■仏教の日曜学校へ向かう子供達
後で知ったことだが、スリランカの食事時間は日本とはちょっと違う。スリランカでは昼ご飯は食べずに、夕方ちょっと軽い食事をするそうだ。軽い食事って言っても日本で言うとヤキソバくらいのものを食べるようだから、これが昼ごはんと考えてもいいだろう。そして、夕食は遅め。
だからわたし達とサプマンさんの腹の空き具合が全然違うのである。この旅程はサプマンさんの腹具合で決められているので、昼ご飯は遅めである。この日はそんなことは知らなかったので、やっとありつけた感覚である。
■昼食とデザートとミックスジュース
スリランカのパパイヤは臭くない!
■野生動物いっぱい
夕方からサファリに行くのだが、ガイドブックによると「スリランカではサファリに行かなくても道端で野生動物に出会えます。」というようなことが書かれていて、本当にその通りだった。一番びっくりしたのが道端に象がいたこと!イグアナを見たのも生まれて初めてだった。
■野生のサル、象、牛、鹿
サファリのジープを予約していたのに、全部出払ってしまっていて、しばらく待たなければならなくなってしまった。ここでは象に乗れるというので、乗ってみることにした。K美さんは過去に乗ったことがあるので、待つことになった。わたしは西洋人が象の上に直に座っているのを見て、あれがいいと言った。
「ジャングルを回って30ドルです。」
と言われ、少し高い気がしたけど、相場を知らないし、思い切って乗ることにした。
象が連れて来られ、象に乗るための台に上がったわたしは台から象に移った。支えといえば綱だけ。象使いに案内され、道を歩いていった。わたしはてっきり10分ほどくるっと回って帰ってくるものとばかり思っていたのだけど、どんどんジャングルの奥地へ歩いていく。ジャングルの奥にも民家があって、どこも塀で囲った庭があった。途中で別の象に乗った人達とすれ違ったけど、みんな象の上に設置されたかごの上に数人が乗っていて、わたしのように一人だけが直に乗っている人はいなかった。
(ひょっとしてわたしってば貴重な体験?)
と思いながら、進んでいった。象も水溜りを踏むのがいやなのか、うまく避けて歩いていた。
20分ほど歩くと、水辺があり、そこからは象使いも象の上に載って2人乗りで水の中を進んでいった。
(えー!こんなところにまで行くの?)
どうもわたしの英語力がなかったせいで分からなかったのだが、この水辺の中を象に乗って行けるというのがこの企画のメインだったみたいだ。どんどん水深の深いところまで行き、ある地点で、決められたとおり鼻から水を噴いて、象使いのアシスタントの人が写真を撮ってくれた。
(すっげー!芸までしこんでる・・・)
このアシスタントの人が頼みもしないのに自ら水辺に入っていって、私が象に乗っている姿をデジカメで撮りまくってくれ、後で見たら野鳥とかの写真まで撮ってくれていた。もちろん後でチップは渡したけどすごいサービスだと思った。そして水辺の中を一周した後、20分かけて元の位置に戻ってきた。いやあ〜乗ってよかった。
■象使いと象に乗ったわたし。
薄暗くなってやっとジープが帰ってきた。これに乗ってサファリに出発した。ここから国立公園までしばらく行って、国立公園の入口から入るのだが、そのころにはかなり暗くなってしまっていた。もうまったく期待してなかったのだが、案内人はさすがに目がよく、見つけてくれた。遠くの方に象の群れがいた。残念ながら見えたのはそれだけだったけど、でこぼこ道をジープでめぐるのがおもしろかった。
■シャンプー
今日も道を通る度に、
「スーパーマーケット寄って!」
と言い続けていた。しかしここは田舎なので、なかなかいい店がなかった。
サプマンさんは、あるアーユルヴェーダーマッサージセンターへわたし達を連れて行った。建物内の施設を見学させてもらい、店でこんなことができますという説明を聞いた。しかし、わたし達はサプマンさんの趣旨が分からなかった。
(マッサージは別の日に受けることになっているし、ここには何しに来たんだろう。時間調整かしら?)
見学を終えて、店を出ようとすると、案内してくれた人が試供品としてシャンプーをくれた。
なんと!サプマンさんはここで試供品が貰える事を知っていたのだ。そして、昨日わたし達がシャンプーを買い損なったことを知っていたので、ここに連れてきたようだ。なんてすばらしい!
スーパーガイド・サプマンさん!
■試供品のシャンプー(アーユルヴェーダー製品)
今日のホテルは、昨日よりは少しグレードアップした感じだったが、部屋は妙に広すぎて、落ち着かない雰囲気だった。
■EDEN GARDEN HOTELの部屋 だだっ広い
今までバイキングの食事だけだったが、夕食はやっとスリランカのディナーセットを食べることができた。
「辛いって聞いていたけど、これぐらいなら許容範囲内だよねえ。」
と調子こいていたのだが、おかわりをたのむと、ウエイターは、
「辛いよ。」
と言った。どうもわたし達のために辛さを抑えたものを出していたようで、おかわりまで想定してなかったようだ。さっとくおかわりを食べてみると、
「辛〜!!!!!」
やっぱりスリランカカレーは辛かった。
■夕食のディナーセット
■予定変更
「あなた達の予定表は誰が作ったのですか?あなた達ですか?」
サプマンさんが眉をひそめて言った。
「まさか!日本の旅行代理店の人ですよ。」
と言うと、
「これを作った人は素人ですね。順番がめちゃくちゃです。今日はシギリアに行きますから。」
(何!ちゃんと予定表に合わせて服装も考えたのに。旅行代理店のアダチめ!)
と旅行代理店の担当のアダチさんが作ったかどうかも分からないが、とりあえずアダチのせいにした。
スリランカの遺跡のほとんどが仏教遺跡なのに対して、シギリアだけはまったく仏教には関係のない遺跡だ。と言ってもここも元々は仏教徒の修行の場だったらしいが、5世紀に、父王を殺して王の座についた王子が、弟の復習を恐れて岩山の上に宮殿を建てたのだ。という訳で、ちょっとした登山になるという。
今日のいでたちは、ラフなサンダルにピチピチのジーンズに帽子という、到底、登山には向かない格好だったが、予定変更になってしまったのだからしかたがない。
■シギリア・ロック 今からあの上まで行く
我等のスーパーガイド・サプマンさんが、朝しきりに急がせたのも、朝の涼しい内に山に登っておきたかったからだ。しかし階段は、昔に作られた割には登りやすく、大した事ないな、と思っている内に有名な「美女のフレスコ画」の場所までやってきた。ほとんど観光客はいないように思っていたが、ここは狭い通路なのに見どころが多いので、いつの間にか押し合いへし合いになっていた。と言っても各自が記念撮影できるくらいの込み具合だったので、そんなにストレスは感じなかった。
■美女のフレスコ画
そこから次に進むと、ミラーウォールというつるつるの岩肌に昔のシンハラ語で叙情詩などが彫られている場所に着いた。ガイドがいるおかげで分かったが、知らなかったら素通りするところだった。しかもその上に落書きも彫られているので、パッと見落書きにしか見えないのだ。
フレスコ画が強烈だったせいか、これで終わりかと思っていたが、肝心の宮殿はまだ見てなかった。広場みたいなところに出ると唖然とした。巨大なライオンの爪の前足があり、その上に豆粒のような人が岩面にへばりついて登っていくのが見えた。このサンダルであれに登るの?!被っていた帽子は強風のため飛んで行きそうになり、またもや役に立たなかった。
■ライオンの入口と途中から下を見たところ
実際登っていくと踏み面は狭いけど蹴上も低く、ゆるい段の斜面みたいだった。それでもサンダルだとつるつるして何度も脱げそうになったが、わたしはわりと平気だった。意外なことにK美さんがダメみたいだった。
「下向いたらアカン〜」
と叫んでいる。こんなやりとりがおもしろくて、気がつくと、もう頂上だった。
頂上の宮殿跡は本当に跡だけで、景色を見るくらいしかすることがなかった。しかしこんな高所に王のプールの跡があった。こんなところのプールは気持ちいいだろうけど、こんなところにプールを作ろうとする考えが狂気の沙汰だな。
■頂上の宮殿 まるで天空の城のようだ。
ふと下を見ると団体旅行客がお着きのようだった。ここって有名な場所なのに空いてるなあと思ったのは、まだ朝早かったからなのだ。もういいかげん日が昇ってきて暑い最中にこれからここに登ると思うと大変だし時間がかかるなあと思った。わたし達はサプマンさんに感謝しつつ、次の観光地へ向かった。
■足の裏が鍛えられた人達
スリランカ5大仏像のひとつアウカナ・ブッダを見学した後、スリランカ最大の石窟寺院があるダンブッラへ行った。ここも世界遺産だというのに、地べたに勝手に商品を並べているおみやげ物屋がひとりいるくらいで、あとはガラーンとしていた。スリランカ人がちらほらいる程度だ。寺院なので、もちろん脱帽、裸足で見学しなければならない。ここにはちゃんと靴を預かってくれる受付があった。
今は昼時。炎天下の中、地面は石畳である。しかも凹凸がない。そんなところを裸足で歩いたら、熱い鉄板の上を歩くようなものだ。
「あっちぃ〜」
わたし達は一目散に陰のあるところへ走った。しかしサプマンさんは全然平気そうだ。いや、サプマンさんだけではない。まわりのスリランカ人も全然平気そうなのだ。普段からお参りの度に裸足になっているので鍛えられているのだろう。
サプマンさんは真面目な上に熱心なので、これは言っておかなければならないことは、何があっても説明してくれる。
「ちょっと!こっちに来て下さい。」
そして日なたに連れて来られ、説明を始めた。わたし達は説明を聞く余裕はなく、拷問の時に焼いた鉄板の上に乗せられた人のようにその場足踏みを繰り返し、説明が終わる度に日陰に避難した。石窟の中は反対に冷やっとして、足の裏のことは忘れるのだが、次の石窟に移動する時は、またアチアチしながら行かなければならなかった。見学が終わった頃には足の裏の皮が一枚厚くなった気がした。恐るべしスリランカ人。
■ダンブッラ石窟寺院の中
■薬になったカリカリ小梅
今日も遅い昼ご飯を食べ(いつも午後2時半くらい)、仏歯寺へ行った。仏歯寺は仏の歯が奉納されていて、スリランカでは仏歯を手に入れたものが王権をも手にすることになっており、非常に厳重に保管されている。だから仏歯実物が公開されるの特別な時だけだが、毎日1日3回仏歯の部屋が開かれ、仏歯が納められた金箱が公開される。
■仏歯寺
そういう場所なので、入るのにも厳重なチェックを受ける。服装チェックと持ち物チェックだ。男女別れたゲートでおばちゃんのチェックを受けた。服装は問題なかったが、持ち物に問題があるようだった。
「これは何だ?」
と言われたのは「カリカリ小梅」だった。疲れた時用として持参していたのだが、今では遅い昼ご飯を耐えるための、貴重な食料品となっていた。しかし梅干を英語で説明する言葉はとっさには思いつかず、
「ディス・イズ・キャンディ」
と言ってしまった。
「はあ?キャンディ?」
とおばちゃんは、「違うやろ」という目を向けた。
(ますい・・・これを取り上げられたら貴重な食料が・・・)
そこで、
「ディス・イズ・ジャパニーズ・メディスン(薬)・・・」
と言ってしまった。するとおばちゃんは、
「おお!オーケー」
と言ってすんなり通してくれた。
■ついに見つけたシダレパ
仏歯寺見学の後、本当は明日の予定だったアーユルヴェーダーマッサージを今日にしてくれた。
「今日は朝早くから山に登ったし疲れたでしょ?」
とまたもや気の付くところを見せてくれたサプマンさん。
マッサージを受けていい気分になって、ホテルに向かっている時だった。マッサージ店は辺ぴな山の中にあったのだけど、その山の中腹に小さな商店があった。それを見てすかさずそこで車を止めてもらい、商店の中へ入った。
するとあるではないか「シダレパ」が!しかも目的のバームだけでなく、他のシダレパ製品がたくさんあった。そして他のアーユルヴェーダー製品のシャンプーなどがたくさんあり、やっと目的のものが見つかった。
■アーユルヴェーダー製品の数々
今日のホテルはTOURMALINE HOTELといい、今日からここに2泊するのだが、昨日よりもまたさらにグレードアップした感じのホテルだった。キャンディという大きな都市の山の上にあり、周りは高級住宅街だ。ホテルもリゾート風で、静かで感じがよかった。そして、夕食はスリランカ料理か西洋料理のコースを選べるようになっていた。もうずぅーっとスリランカ料理ばかりでさすがに飽きてきたので、久しぶりに違うものが食べられて満足だった。
■夕食 西洋料理のコース
■キャンディの1日
主要な遺跡の大半は見学したので、今日からはのんびりと、スリランカ自体を楽しむ観光となる。
今日の午前中は「ペーラーデニヤ植物園」へ行って、日本ではめずらしい南の植物を見てまわった。
■ペーラーデニヤ植物園
(右)は明仁皇太子殿下(当時)がここを訪れた記念に植樹したとある。
スパイスガーデンではスパイスの素になる植物を案内人がついて、園内を案内してくれ、お茶の試飲やハーブなどで作ったクリームの紹介、アーユルヴェーダーマッサージも体験でき、おもしろかった。
その後宝石店へ行き、普段は縁のないサファイアをたくさん見せてもらい、目の保養もした。
昼食後、お楽しみのキャンディ・マーケットへ行った。さあ値切るぞ!ちゃんとそのために飛行機で、シンハラ語も勉強したんだから!
■キャンディ・マーケット
K美さんがパンジャビ・ドレスを買いたいと言いだした。わたしは自前のパンジャビ・ドレスを持って来ていたので、ここでふたりで着れればいいねということで、衣料品売り場へ行ってみた。
「ラーバ・エカク・デンナ(安いものをください)」
そう言うと、ちゃんと通じた。やった!飛行機で言い続けてきた甲斐があった。しかし考えてみると機内にいる間中、
「安いものを下さい、安いものを下さい、安いものを下さい。」
と言い続けていた訳だから、スリランカ人が近くにいたら、不気味に思ったことだろう。
それが功を奏して(かどうか分からないけど)まあまあ、納得できる金額までまけてもらえたので、購入と相成った。
夕方からは、キャンディアン・ダンスといってキャンディ王朝時代に踊られていた民族舞踊のショーを見た。サプマンさんが早く連れて来てくれたので、最前列のど真ん中の席を取ることが出来た。
わたしの隣の席にはスリランカ人らしきおばあさんがひとりで見に来ていて、おばあさんが席を離れて買物に行っている間、席を見ていてあげたこともあって、お菓子をくれたり、踊りの説明をしてくれたりした。
いろんな国で民族舞踊を見たけど、キャンディアン・ダンスはあまり退屈せず、むしろおもしろいくらいだった。最後にはこのダンスのメインイベント・ファイアーダンスがあり、これから盛り上がろうという瞬間、隣のおばあさんが、
「あれはねー、よくないよ。死んだりすることもあるから・・・」
とぼそっと言った。そんなことを横で言われたら、なんかもう手放しで喜ばれなくなってしまったよ。
■キャンディアン・ダンス
(右)は焼いた石の上を歩いているところ
■トイレとの戦い
2日間滞在したキャンディとも別れを告げて、ヌワラ・エリヤというセイロンティーの栽培地へ向かった。何時間か山をどんどん登って行くと、茶畑が見えてきた。ある工場で紅茶を作る工程を見学させてもらった。
■紅茶を作る工程 (下)はそれぞれの葉の状態
工場併設のショップへ行くと、お茶が出された。しかしここは、思ったような紅茶は売っていなかった。
次の店は少しは買いたいような紅茶があり、少し買物した。さらに、3軒目の店へ着いた。すると求めていたような紅茶がたくさんあり、買物もたくさんした。その店ではサプマンさんも運転手さんもお土産を買っていたので、いい店なのだろう。ここでもお茶をごちそうになった。
■MACKWOODS TEA
ここを出発したら後は、今日の宿泊先の南西海岸まで車で移動だ。最後の店を出て、30分くらいして、もうトイレに行きたくなった。理由は分かっている。紅茶を飲んだからだ。特にストレートティーを飲んだ後は、何度も行きたくなるのである。
どこかのホテルでトイレを借りて、再び出発した。ヌワラ・エリヤの町を抜けて、山を登ろうという時になってまた、トイレに行きたくなった。さっきトイレに行ってからまだ30分ほどしか経ってない。また町へ引き返してもらって、ホテルでトイレを借りた。紅茶は要注意である。
■幻の椰子酒
やっと尿意もおさまり、山をいくつもいくつも越えていった。お昼を食べた後、サプマンさんが、
「幻の椰子酒が飲める村があるので、ちょっと寄ってみましょう。」
とすばらしい提案をしてくれた。スリランカでは、女性がお酒を買うことはできないので、毎日サプマンさんに頼んで、ビールやら椰子酒を買ってもらっていたことから、わたし達が酒飲みだということはバレていた。
その幻の椰子酒が飲める店は地元の人しか知らないらしく、相当その辺の人に尋ねてまわったが、結局今はシーズンではなかったようだ。うう・・・残念。幻のまま終わってしまった。
■椰子酒を作っているところ
■スリランカのB級グルメ
さらにドライブは続いた。もう午後8時頃になったがまだ着く気配はない。さすがにサプマンさんもお腹がすいたらしく、
「今スリランカで流行っているコットゥ・ロティを食べましょう。」
と小さな飲食店へ入った。
店の前に鉄板があって、お持ち帰りもできるし、店内でも食べられるようになっていた。日本でいうとお好み焼き屋さんみたいだ。作っているのを見てると、まさにヤキソバの手順そのもので、見かけはヤキソバというよりそばめしみたいだった。しかし見かけはそばめしでも味は激辛!おいしいんだけど、汗と涙にまみれて何とか完食。辛かった。
■コットゥ・ロティをつくっているところ
食後、わたしがその店でトイレを借りている間、K美さんが何となく狭い店内を見ていたら、何とここに「シダレパバーム」が置いてあった。あんなにスーパーで探してもなかったのに、こんなところで見つかるとは!ここでもおみやげ用に少し買い足した。
まださらに2時間くらい車を走らせ、やっと今日の宿泊地へ到着。ここはスリランカ屈指のリゾート地で、もちろんホテルもゴージャスだった。しかも今日は大晦日。ビーチにテーブルを出して、ごちそうが並べられていた。残念ながら先程お腹いっぱいになってしまったので、あまり食べられなかったが、今年最後の夜をK美さんとサプマンさんとで過ごした。周りの客はほぼ100%西洋人で、まさに西洋人が好きそうな雰囲気だった。
「明日は1日フリーですが、くれぐれも気を付けてくださいよ。男の人に声を掛けられても着いて行っちゃ行けないですよ。」
とサプマンさんが注意してくれた。
「大丈夫ですよ。こんなおばはんに声なんか掛けませんよ。」
と冗談をいうと、サプマンさんは妙に納得して、
「ああ、そうですか。」
と言った。
オイ!ここでは「そんなことありませんよ。」って言うんだよ〜!
12時になり、ハッピーニューイヤーの挨拶が済むと、お開きになった。わたしとK美さんはホテルのバルコニーで明け方近くまで椰子酒をちびちび飲みながら、リゾート気分を満喫した。
■今日買った紅茶と市販の椰子酒
■超リゾート♪
今日1日フリーである。朝寝坊してブランチを食べたわたし達は、早速ビーチへ繰り出した。わたしの水着はセパレートで、醜い腹をさらけ出すことになるのだが、どうせ周りはぶよぶよの西洋人ばかりだろうからいいや。と思っていた。ところが予想に反して、そこまでぶよぶよの人は見かけなかった。それどころかスーパーモデルみたいな人もいて、とんだ計算違いだった。
■海を満喫♪
3時頃、ホテルを脱走して町へ行こうと思ったが、ホテルの人に聞くと、一番近い町で4キロ先ということだった。ちょっと出るには遠すぎるのであきらめ、またお気に入りのバルコニーで酒を飲んでだらだらすることにした。本当に今日はリゾートを満喫した1日だった。
■パンジャビ・ドレスを着てリラックス
今日はさらに南に下って、ゴール旧市街(世界遺産)を見学した。名所のひとつ、灯台の前で記念撮影しようと、サプマンさんがシャッターを切った瞬間、日傘おばはんが目の前を横切り、写真に写り損なった。
「どこの国のおばはんもずうずうしいわ。」
と自分達のことは棚に上げて、ぶつくさ言った。
■時計台と要塞と灯台
その後、アンバランゴダの仮面博物館を見学した。仮面舞踊や悪魔祓いに使う仮面なので、派手なものが多く、あまりお土産にしたいとは思わなかったが、制作現場でいい体型のお兄さんが作っているのを見るのは目の保養になった。
■仮面制作現場と色々な仮面
コロンボに戻ってきた。コロンボは、今ではスリランカの首都ではなくなったが、今でも事実上の首都であり、思ったより大都会だった。ここでは何軒ものスーパーマーケットをはしごしてくれて、色々おみやげを買うことができた。
■スーパーの地下 フードコートで昼食
K美さんは、最後のシダレパを買おうと奮闘中だったが、なかなか見つからなかった。サプマンさんが
「ここならどうですか?」
と連れて行ってくれた所は上等なシャンプーなどが売っている化粧品コーナー。どうもサプマンさんはシダレパをシャンプーだと思っているようだ。ここにもなく、店の外に出ると、向いに薬局があった。
「あそこならあるかも。」
と3人で行ってみると、ビンゴ!また違う大きさのバームが置いてあった。
「これが欲しかったんですか?」
とサプマンさんは目を丸くしている。まさかこの旅行の間中探し続けていたものが、ただのバームだとは思ってなかったようだ。
■政府軍LTTE本拠地制圧
今日はなんとなく軍隊が行き交って騒がしい。道路にはビラだらけだ。
「政府軍が今日、とうとうLTTE本拠地を占拠したらしいですよ。」
とサプマンさんが教えてくれた。えー!この内戦25年以上も続いているのに、よりにも選って、こんな日にここ、スリランカにいるとは!それにしてもコロンボにいて大丈夫かいな!しばらく田舎にいたから平和ボケしてたけど、やっぱりここは内戦中なんだなあと実感する瞬間だった。
その後時間が余ったので、独立記念ホールという吹きっさらしのホールへ行った。コロンボはジャングルの中と違って、めちゃくちゃ蒸し暑い。もうバテバテで、そこでぼぅーっと座っていた。
「ねえ、ここって政府関係の場所でしょ。こんな場所にいたらやばくない?」
そういえば「政府機関の近くはテロの標的になる恐れがあるので近づかないように」とガイドブックにも書いてあったっけ。なんて物騒なところなんだ!
必要な買物も済ませ、いよいよサプマンさんともお別れである。
「スリランカめちゃくちゃ気に入ったから、次に来るときはサプマンさんに直接ガイドを頼んでもいいですか?」
と言うと、名刺をくれた。
「わたしはフリーのガイドなので、いつでも言ってきて下さい。」
ともらった名刺の名前には「サプマル」と書いてあった。
サプマンさんはサプマルさんだったのである。
(2009.6.1)
※追伸
2009年5月19日、スリランカ大統領は全土制圧を宣言し、反政府勢力「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」との内戦が終結した。
